ときわ書房志津ステーションビル店の閉店に際しての、個人的なあれやこれや

閉店の日は楽しく過ごしたいので、その前に
本屋lighthouse 2026.08.03
誰でも

これを書いているいまは2026年の7月31日(金)で、この記事が公開されるのは8月3日(月)の夜、のはずだ。日野さんが言うには3日の昼に閉店のお知らせをするとのことだから、そのあとすぐに公開となるようなスケジュール設定をしておけばいい、ということになる。ここ最近は月曜の17時30分から閉店時間21時までの週1勤務をしていて、だから18時くらいに公開すればいいかな、とか考えている。だけど、その日は急遽昼12時からの勤務になったし、日野さんがいつものようにいろいろとあれこれをミスって、予定通りの閉店告知ができないかもしれない。やっぱり21時くらいの設定にしておこうかな。そもそも、閉店日は10月のいつなのだろうか。月曜日にはわかるからいいか。みなさんは公式のお知らせをご確認ください。

自分が働いている書店の閉店を経験するのは初めてで、気がつけば10年も働いていたのだということに、ようやく気がついてしまう。30歳までに自分の本屋を始めようと思って、その準備のために入った取次会社を実質1ヶ月で辞めたのは2017年の6月。思い描いていたルートを完全に逸脱し、もういっそのこと自分の本屋を始めてしまえと思って、なぜか私は小屋を建てようとしていた。それがその夏。でもさすがに経験が足りないし、というか生計を立てねばならんし、修士時代の書店バイトとは違う経験ができそうなお店を……と考えていたら日野さんのことが思い出されたのだった。家から志津までは30分くらいで行けるし、日野さんのお店でならいろいろと融通がきくだろう。そう確信して連絡をとった。日野さんは何度も「うちでいいのか(おれでいいのか)」と聞いてきたけど、最終的には折れた。残念ながら、ちょうど欠員が出ていて人手が足りなかったのだ。私は運がいい。

2017年の夏だったか秋だったか、週3〜4日、昼か夕方から閉店まで勤務する日々が始まった。少ししてから、文庫の担当にもなった。出版社のトランスビューでも週1〜2日で働いて、毎週土曜日にだけ小屋の建築作業をした。2019年の5月にようやく小屋は完成し、本屋lighthouse小屋本店としてオープンする。少しだけ志津とトランスビューのシフトを減らして、そのぶんを自分の本屋の営業日にした。その生活が2020年の年末あたりまで続き、2021年1月に小屋ではない普通の本屋、いまの形の本屋lighthouseがスタートする。トランスビューの仕事は業務委託となり、お店のPCでできる作業だけになった。志津での勤務は週1日、午前中の数時間だけになった。

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志津店の閉店理由は、テナントの契約が延長できなかったからだ。だから数年前から、この時期に終わりがやってくる可能性が高いことは知っていたし、覚悟もしていた。でも理由はそれだけではない。それだけだったら、また志津の地で再開できるように別のテナントを探せばいい。でもそうはしていないらしい。私は10年間ずっとアルバイトでしかないから細かいところまでは知らない。だけど、残念ながら、肌感覚でわかってしまう。いまの志津店にその体力はないし、仮にテナント契約が延長できたとしても、近いうちに同じ結末になっていただろう、ということが。週4で勤務していた頃の客数、売上、それに伴う忙しさ、などはもうない。私はその頃レジ締めもやっていたから、2020年までの状況はそれなりの具体さでもってイメージできてしまう。2026年の1日の売上平均がどの程度かはわからない。しかし体感というのは恐ろしいもので、明白で正確な数字よりもはっきりと、私に事実を突きつけてくる。

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志津店は京成本線志津駅に直結している駅ビルの3階にあり、改札を出て左に曲がるともうそこはお店、みたいな位置にある。だからいわゆる「立地」というものは最高で、電車がやってくるタイミングを中心にお店が賑わう。だけどそのことに気がついたのは、つい最近のことだった。それくらい、人が来なくなっていたのだ。

駅ビルは1階のパチンコ屋が運営していて、2階はパチンコ屋の事務所的なものだけ、3階に各種テナントが入居している。かつては上階に映画館もあったらしいが、いまは4階より上はすべて駐車場になっている。3階のテナント内で最も集客がよかったスーパーが閉店したのは2022年の2月。そこは売上的にも物理的にもいちばん大きいお店で、にもかかわらずその後テナントは空き家のまま、新規募集すらされなかった。いまも空白のままだ。正確には、備品がたくさん残ったまま放置されている様子が窺える。それからしばらくして百円ショップが閉店し、豆菓子屋さんが閉店し、途中そのスペースにパチンコ屋が招致したと思しき謎の半額ショップが入るも、1年も持たずになくなってしまった。それが最近のこと。残っているのはお茶屋、惣菜屋、花屋、眼鏡屋、呉服屋、美容室、格安カットのお店、整体屋、ラーメン屋、そして本屋(あと保育所もある)。スーパーが閉店してから、この駅ビル3階フロアの集客頭は本屋だった。そしてその本屋すら、駅に電車が来たときにだけ微かに賑わうような状態だった。

スーパーに行くこと、つまり食料品を買うことが私たちの生活にとって最も重要かつ頻繁に行われることで、そのついでに人は本や眼鏡や服を買ったり、髪を切ったりラーメンを啜ったりする。志津はビジネス街ではないし、高校や大学もない。この駅ビルに来る人のほとんどは、志津で生活をしている。スーパーがなくなり、生活上の動線が変わってしまった人の多くは、わざわざ本を買うためだけにこの駅までは来ない。両隣の駅にも本屋はある。どちらも特急がとまる駅で、そのあいだで事実上各駅の快速までしかとまらない志津に来るのは、ときわ書房志津店になんらかの意味を見出している人だけだ。

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本屋が閉店すると、当然ながら「企業努力が云々」という話が出てくる。もちろん「出版業界が云々」という話も。正直言ってそれは聞き飽きているし、(ここ数年は週に1回だけになっていたとはいえ)自分が長いこと働いてきたお店に対して、その内情を知らない人たちからああだこうだと論評されるのは、あけすけに言ってしまえば不快なこともあり、だからこそこうしてわざわざ書き残している。書き残そうとしている。

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本屋の経営はその本屋単体の在り方、つまり魅力だとか経営戦略だとか、あるいは端的にまとめてしまえば「実力」のみでどうにかなるものではない。いや、本屋に限った話ではない。どのお店も、駅ビルが廃れていけば、駅の乗降客数が減っていけば、地域の人口が減っていけば、物価上昇に追いつかない劣悪な賃金状況が続けば、災害や戦争が起きれば、生存確率は減っていく。店も人も同じだ。自助努力でどうにかなる範囲というものは、私たちが想定しているよりも遥かに小さい。

入居するテナントがどんどんなくなっていく駅ビルには、よほどのことがなければ人は来ない。ほかに選択肢があるのであれば、わざわざ選択されはしない。本屋に駅ビル全体の魅力をどうにかできる力などない。少なくとも、ビジネス街でも大学街でもなければ観光地でもない、まさに「生活のためにある」志津という場所にあるべき本屋は、わざわざよその土地から人を呼んでくることを目的としたような店づくりはしないし、してはいけない。この土地にあるべきなのは、そして実際にあったのは、どこにでもあるただの本屋だ。50歳が近づいてようやく本屋に真剣に向き合い始めた店長がいて、そこに自分の本屋をやるために小屋を建てているバイトがいた、そしてその2名はSNSでの発信が多かった、ただそれだけの理由で出版業界という小さな世界で目立ってしまった、普通の本屋がそこにはある。ときわ書房志津ステーションビル店を実質的に支えているのは、SNSを見ているだけの人には名前すら知られていないスタッフたちと、毎号欠かさず鬼平犯科帳DVDコレクションやナンプレを買いに来るようなお客さんたちだ。私や日野さんが気合を入れて作った特設コーナーやフェアは、だいたい見向きもされない。

私たちは、毎月買っているはずなのに前月のNHKテキストを持ってきてしまうお客さんにうんざりしたり笑わされたりしながら、毎度桁違いの配本がされる佐伯泰英の新刊文庫の場所あけに苦労したりしながら、タイトルは長いわ作者の読み仮名はわからんわでPC検索も本棚捜索も困難なコミック探しに奔走したりしながら(往々にして結局お客さんが見つけてしまう)、タイトルも作者もうろ覚えの問い合わせに鍛え上げた探偵スキルで対応したりしながら(「昨日の新聞」はだいたい1週間以上前の新聞だし、本だと思ってたらCDのこともある)、ボールペンの替え芯に小さい文字で書かれた品番を背を丸めて確認している後期高齢者のお客さんと老眼の中年スタッフ(日野さんを筆頭に数名いる)をレジから見守ったりしながら、このお店で日々を過ごしている。SNSで垣間見れるこのお店の景色は、あくまでもおまけのようなものでしかない。だけど、だからこそ、「志津にもすごい本屋があるんだぞ」とこの地に住む人たちが自慢できるようなお店であろうとするために、売上金額的にはたいしたものにはならない攻めたフェアを考え、たぶん売れないけど売れたらすごいうれしいしそうやってどこかにいるはずのお客さんを信用して本を置くのだ……と種蒔きと水やりをし続けた日々も、私たちにはある。そしてこれも私と日野さんだけの話ではない。たとえばコミック担当は刊行まもない頃に激推ししたコミックが思うように売れず、しかしその作品は数年後にアニメ化したりなんらかの賞をとったりする、ということがよくあった。

それでも、駅ビル全体の魅力をどうにかすることは叶わない。「本が好き」という人間は、この世界においてはいつだって少数派なのだ。いや、音楽が好き、花が好き、服が好き、あらゆる「好き」が多数派にはなり得ない。私たちは自分が好きなものはみんなが好きだと思ってしまうけど、実際にはそうではない。最近あったサッカーのW杯だって、1試合も観ていない人のほうが多いはずだ。そして毎試合観たという人の中にも、普段のJリーグや海外サッカーは観ていないという人がたくさんいる。奇妙な話に聞こえるかもしれないけど、なにかを支えているのは「特に好きではない」人たちだ。どこにでもあるような本屋が存在し続けられるのも、特に本が好きなわけでもない人たちが(時折気が向いたときに)やってくるということ、そこに理由=土台がある。

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「魅力を高める」という考え方は、資本主義システムが浸透しきった現在の世界においては、「たくさん売れる」こととほぼ同義と言ってよい。たくさん売るにはなによりも人の数が必要だ。だから「集客力」が大事だということになる。そして「集客」のしやすさは、様々な要素の絡み合いを経たうえで「都市部=人がたくさんいるところがよい」という結論に落ち着くことになる。あるいは「観光地になる」ことでその目的を果たそうとする。

私たちは「便利」を求めている。ゆえに可能な限り便利なところに住むことを望む。資本主義システム下における「便利」とは、「自分の欲するものが容易に=素早く入手できること」を意味する。そうしてお店は「都市部=人がたくさんいるところ」に優先して出店し、人もまたそのような土地を求めて移動=移住する。どちらが鶏でどちらが卵なのかはわからないが、この螺旋の中に私たちは生きている。栄えるところはとにかく栄え、廃れるところはとにかく廃れていく。志津という地域は残念ながら、後者になってしまう過程の中にある。同じ京成線沿線で船橋と志津のどちらにも住める環境が整っていたら、ほとんどの人は船橋を選ぶだろう。あるいは、船橋在住の人が地元以外の本屋に行きたくなったら、本屋以外に行くところも多い都内を選ぶだろう。幕張在住の私も、勤務日以外に志津に行くことはほとんどない。

街の魅力を高めようという運動はたくさんある。しかしこれもやはり限界があるし、やはり私たちの想定よりも遥か手前に限界がある。街の繁栄と衰退はその土地で生きる者らの行動だけで決まるものではない。たとえば、都市開発は政治・行政の範疇にある。あるいは交通機関の影響も大きい。どの地域をどのような場所にするのか、商業地域なのか工業地域なのか、家をたくさん建てるのか自然豊かな土地とするのか。そして、どこに駅を作るのか(各駅しかとまらないのか特急もとまるのか)。より大きなシステム側の判断、そのひとつひとつがその土地を「たくさん人がいる/来る場所」にするのか、そうではない場所にするのかに関わってくる。あるいは、鶴の一声的に作用する。いくら住民が頑張っても行政の判断には敵わないし、その行政も自分たちより大きな組織の判断には敵わない(志津が頑張っても佐倉市には敵わないし、佐倉市が頑張っても千葉県には、千葉県は国に、日本は世界に……)。

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資本主義のシステムは「パイの奪い合い」を前提にしている。奪い合いの技術が高ければ高いほど優秀とされ、そのスキルを磨く方法ですら商品化され奪い合いの中に放り込まれる。「本屋の魅力を高めよう」という標語も、たくさん目にしてきた。あるいは「本」そのものの魅力。いずれにせよ、それは娯楽産業という枠組みの中でのパイの奪い合いスキルの向上を目指すものだし、仮に本(屋)の魅力が高まって(そしてそれが伝わって)本屋が活気づいたとして、そのぶんほかの娯楽産業が衰退していたら意味がないのだけど、資本主義システムを一切の疑問なく内面化してしまっている私たちは、その先にある共倒れの未来をイメージできない。

奪い合いの相手は娯楽産業だけではない。飲食産業ともしているし、そのほかあらゆる産業と奪い合っている、というのが事実だ。私が本を1冊買ったとき、映画は1本観られなかった。あるいはラーメンを1杯食べるのを諦めた。服を買わなかった。バスに乗らずに歩いた。髪を切ってもらうのを先延ばしにした。整体に行かなかった。そのとき映画館のスタッフやラーメン屋の店主や服屋のオーナーやバスの運転手や美容師やマッサージ師は、そのぶんの利益=賃金を得られなかった。そしてかれらはそのぶんだけ、本を買えなかった。本屋の私は収入が減った。パイの総量が増えない中での奪い合いとは、そういうことだ。最近の本屋は本を売る以外の収益を得ることで成り立たせるスタイルが定着しているが、たとえばカフェ併設本屋にすることで周辺のカフェの売上はそのぶんだけ減っているだろう。でもそうでもしないと生きていけないから、仕方なくやっている。それもまた厳然たる事実だ。ようするに、社会という土台が貧弱になれば、その土台の上にいるほかない私たちもまた貧弱になり、貧弱な者どうしで貧弱な所有物の奪い合いをせざるを得ない、ということだ。

そして、ときわ書房志津店に来る人の多くが、志津近辺で仕事をしている。私たちから本を買ってくれる人が、増える気配のないパイの奪い合いデスゲームの参加者、対戦相手になってしまっている。私はこれを、大袈裟な比喩などではないと思っている。少なくとも、志津店の閉店によって両隣の勝田台駅とユーカリが丘駅にある本屋は売上を伸ばすだろう。駅ビル1階のパチンコ屋も儲かるかもしれない。あるいは、またひとつテナントが減った3階のお店たちは、さらなる集客悪化に悩むのだろうか。本が買われなくなったぶん茶葉や花などが買われていくのなら、私はそれをよろこびたい。よろこぶしかない。よろこぶことからしか、この社会の変化は始まらない気もする。

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本屋lighthouseのような個人経営の本屋と志津店のような書店は、地域において担っている役割がまったく異なっている。だから、閉店時に生じる影響も異なってくる。そして、属人性の高い個人経営のお店よりも、それが低いチェーン店的なお店のほうが、実際には替えが効かない。本屋lighthouseが閉店したのちに同じ幕張地域で誰かが同じような本屋を開き、本屋lighthouseに来ていたお客さんをある程度引き受けること、その光景を私は想像できる。むしろ、私よりも商売がうまくて繁盛している可能性が高い。

だけど、志津店が閉店したあとに志津の地で本屋lighthouse的な本屋が出店したところで、志津店が担ってきた役割を引き継げる本屋にはなれない。志津店と同様のスタイルと規模のお店でなくては、果たせない物事がたくさんあるからだ。ならば別のチェーン店が出店すればいいのではないか。残念ながら、その余裕はないだろう。駅ビルは(おそらく)新規の出店を望んでいないし、駅ビル以上に立地がよい物件もない。仮にあったとして、高齢化と人口減少が進む志津の地で「普通の」本屋をやっていくことは難しい。だから閉店するのだし。

本が好きでときわ書房志津店への来店を選択していた人たちは、きっとまた別の本屋を苦労しつつも見つけ、面倒だと思いつつも通ったりするようになるだろう。そうではなくて、別に本が好きなわけではないが本がそのとき「必要」で、あるいはCDが、あるいは文具が、あるいはコピー機が、そして志津店の環境とスタッフだからこそできる接客=コミュニケーションが「必要」で、近隣の別の本屋まで行くのは困難だったりする、そういう人たちがこれから行く場所はどこになるのだろうか。どこにあるのだろうか。かけがえがないとはこういうことを言う。そこにエモさのようなものは本来ない。純粋な「必要」がそこにはある。

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閉店後にどうなるのか、どう生きていくのか、現時点ではわからない。私も日野さんも、ほかのスタッフも。そして志津に本屋がまた生まれるのかについても。わかっているのは、パイの総量を増やさないといけないということ、つまりこの社会の「状況」や「価値観」、あるいは「システム」といったものを変えないといけないということで、その先にようやく本屋(だけではないあらゆる存在)が豊かに生きながらえることができる世界が実現する、ということだけだ。

私がときわ書房志津ステーションビル店のことを思い出そうとするときに出てくるのは、急ぎで本が欲しいお客さんに「うちには在庫がないけど津田沼の丸善にはある」と当時あったhontoアプリの在庫照会機能を使って教えていたこととか、コピー機のタッチパネルをギュッと押しすぎて逆に反応してもらえないジジババの姿とか(だいたいみんな原本を置き忘れるから動向を注視する必要がある)、1台しかないレジに不具合が生じても文句も言わずに待っててくれるお客さんとか、そういうものだったりする。そういう光景を、世界を、私はこれからも見ていたい。ときわ書房志津ステーションビル店は、私たちがこれから目指すべき世界を予示的に生きていたように思える。少し、はやすぎたのかもしれない。なにもかもが。

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ほかにも書き残しておきたいこと、特に個人的なことに関してはたくさんある、あるいはこれからも何度となく思い出されていくのだろうけども、それはまたの機会に。いまは8月2日(日)午後15時。私はまだ正確な閉店日を知らない。

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2019年5月8日のチーバくん。志津駅南口ロータリー。突如として出現し、のちに中央分離帯の中に移動させられ、さらに2人に増え、最終的には3人に。出勤のたびに定点観測的に写真を撮っていた時期があり、その頃の写真フォルダはオレンジ色成分が多い。

2019年5月8日のチーバくん。志津駅南口ロータリー。突如として出現し、のちに中央分離帯の中に移動させられ、さらに2人に増え、最終的には3人に。出勤のたびに定点観測的に写真を撮っていた時期があり、その頃の写真フォルダはオレンジ色成分が多い。

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