忘れていくものの記録260119〜0201

読書日記
本屋lighthouse 2026.02.03
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1月19日(月)

 宣言どおりリスペクトルを読む。『水の流れ』(河出書房新社)。言葉という具体的なものに落とし込まれた瞬間に変質してしまうもの、体験であったり感覚であったりおそらくこれもまた個々によって「言葉にされるもの」は異なる、そのなにかを、どうにかして言葉として残そうとする試み。それが、本人の言葉を借りれば「ジャズの即興演奏」(p.31)のように連ねられていく。たぶんほんとうに、この文章はそのようにして意識の流れのままに書き連ねられている。

 あなたという呼びかけを多用する文章からは他者に理解してもらいたいという欲求を見てとることもできるが、おそらくそれは二の次の欲求で、まずあるのは「自分の物語を語ること」による自身の救済であり(つまり「あなた」は書き手自身を、この文章が書かれたその瞬間から距離のあるどこかに存在している書き手を指している、なぜならあらゆる文章は書かれたその瞬間から他者となるからだ)、そこで綴られる物語を他者が理解する/できるかどうかはその他者自身の問題となる。

 『翻訳のスキャンダル』を先に読んだことで、そもそも読書自体が翻訳である=テキストをどう読みとるかは読者次第であるということを強く認識させられているからか、リスペクトルの語る物語のなかにある理解できなさは、自分のなかにそのテキストを読みとく=翻訳するための素材がないからで、その他者性=同化されていないテキストを読めることこそ重要なのだと考えることができている。そして理解できたと感じているところも、私のなかにそのテキストを同化するための素材があるからでしかなく、その同化=翻訳にはリスペクトルが具体化を拒んだなにかを具体化してしまったことによる変質や取りこぼしを生み出している危険性もある。

 たとえば、 「世界。ぐちゃぐちゃに絡まり合った電線。冥漠たる輝き。それが、世界を前にしたわたし。」(p.34)から数パラグラフ、この箇所は書き手がなんらかのトラウマを持ち、そのことについて書こうとしている(からこそ具体化を拒み抽象のままにしようとしている)ことが読みとれる。 しかしこの読みとりも読者としての私の翻訳であり、あくまでも無限にひらかれた可能性のなかにある解釈のひとつでしかない。

 といったことを久しぶりの超満員電車で断片的に思考し、適度な雑味のある喫茶店で書いて、独立出版者エキスポに顔を出して油を売った。仲西さんは案の定、文フリ京都の疲労困憊で寝坊。想定内。到着した仲西さんは楽しそうに本を買っていた。買うというより漁っていた。少し外に出てます、とのことなので会場内で知人と話をして、ちらりと外を見たら見知らぬ人と話している仲西さんがいて、友だちだと思っていたら仲西さんも知らん人だった。これ作ったんだけど綴じるの失敗したからタダであげる、こんなのは売っていい作品じゃないから、などと話しているその空気感は明らかに友だちのそれだったんだけど、完全に初対面。ようわからんが捕まって話し込んでいたらしい。でも仲西さんっぽいな、と思う。その人はそのあとtwililightブースで『ホームページ』も買ったとのこと。納品即売れで熊谷さんも驚いただろうけど、仲西さんとはさっき初顔合わせしたばかりの人だということを熊谷さんは知っているだろうか。仲西さんは、そして『ホームページ』は、そういう存在です。読みたくなったね。よろしくお願いします。

 幕張まで一緒に戻って、幕張の個性派カレー店へ。個性派なのはカレーの味ではなく店員で、入店早々「今日はぜんぜんお客さん来なくて閉めようと思ってたんだ」「このあと高校生の女の子が来るからそれまではね」「こんなに来ないのは久しぶり」「普段の十分の一だよ」などと聞いてもいないのに話しかけてくる。私はそれを知っているからここに連れてきたのだけど、今日はなおさら面白い日だった。このお店名物のいたって普通の味のカレーを食べていたら「高校生の女の子」が来て、我々は互いに「なんでこのあと高校生の女の子が来るってわかってるの?常連なの?このお店の常連になる高校生って?」などと脳内にハテナを点しながら黙してカレーを食べていたはずなのだけど、謎が解けた。カウンター越しに形式ばった挨拶をしているからなるほど職場体験!(と私は思い)(あるいは仲西さんは)取材!となったかもしれないそれはしかし、実際には「合奏会パンフレットに載せる広告営業」であり、高校生がそれをやっていることや毎年カレー屋が広告を載せていることに驚いたのだった。緊張しているのか真面目に話をしている高校生相手に、広告データはよくわからないから去年のデータ使ってよ、いつもそうしてるからさ、領収書よろしくね、税理士がうるさいんだよ、などとカレー屋のおやっさんは必要なことと聞いてもいないことを変わらないテンションで話し続けている。このおやっさんは誰に対してもこのテンション。大人にも子どもにもこうして話し続ける。女の子は相槌を打つほかない。

 仲西さんにサイン本を作ってもらって解散。判子は判子そのものよりインクが大事、という気づきを我々は得た。シャチハタ最高。

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