忘れていくものの記録260727〜0809
7月27日(月)
昨夜22時過ぎに早めに寝れたおかげか、6時台にすっきりと起床。マストドーンを覗くと、フジロックのマッシブアタックのパフォーマンスが最高だった、という話でTLがブチあがっていた。芸術と政治(的意思表示)の融合。アジカンも別日に同様のことをやっていたし、この2バンドはこれまでも同様の姿勢で芸術活動をしている。あるいは、生きている。政治の話を持ち込むなと言う者は、生きていることそのものが規範=社会が定める「型」への反抗=政治的表明になってしまう、という状態のことを想像できていないのではないか、と最近は考えている。持ち込むというのはAとBが別物であるというような前提があって出てくる単語だと思うが、そもそもAとBは同じ箱に入っている、あるいは同一物である、という状態があり、その時点で認識にズレがある。
It was quite amusing, too, to see with what earnestness they disclaimed all cannibal propensities on their own part, while they denounced their enemies—the Typees—as inveterate gormandizers of human flesh; but this is a peculiarity to which I shall hereafter have occasion to allude.
自らの敵であるタイピーたちを人肉を常習的に食らう大食い野郎だと罵りつつ、すべての人肉的傾向に自分たちの責任があるわけではないと必死に主張するその真面目な様子は、かなり愉快でもあった。まあ、それはおれがこのあと遭遇することになる事件を暗示する、そんな奇妙さだったのだけど。
ひろこさんがお仕事に行って終日不在のため、ひとり休日を満喫する。バッティングセンターに行き1000円6ゲーム120球。野球部在籍者と思しき10代が練習していて、おそらく2000円14ゲーム280球をほぼほぼノンストップでこなし、余裕の表情で帰っていった。私は20球ごとにヘロヘロになり、休憩し、どうにかやりとげ、帰宅した。昼過ぎから家でゆっくり過ごし、『スローメディア』を読み終える。お店も個人もツイッターを使って発信するのをやめ、SNSのアカウントはお店のみ、個人アカウントはマストドーンでかつ鍵をかける、という状態になって数年が経つが、なにも困っていないしむしろ思考は研ぎ澄まされている。Readsアプリの登場によって本の読み方が変わった感覚もあり、それもまた私にとっては明るいものである。
夕方からは志津勤務。日野さんはフジロック帰りの様子。この日々もあと3ヶ月か〜、とか思ったり思わなかったりしながら勤務終了。来週の勤務時には閉店の告知がされている。