香港釣魚新手日記――花おじいちゃんの夕飯を釣る/吉田育未

第2回:打龜と手釣り
本屋lighthouse 2026.04.10
誰でも
香港釣魚新手日記――花おじいちゃんの夕飯を釣る/吉田育未

香港釣魚新手日記――花おじいちゃんの夕飯を釣る/吉田育未

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香港への引越しをきっかけに広東語を学び始めたら、なぜか釣竿をゆずりうけ、釣りをはじめたらいつの間にか、ある釣り友達の夕飯を釣りにいくのが暮らしの楽しみになっていた筆者の釣り&語学の魅力にせまる香港探索エッセイ。

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打龜と手釣り

 魚が釣れないことを、日本語では「ボウズ」という。「毛がない」(儲けがない)とか、お坊さんが殺生をしないからだとか、語源については諸説あるらしい。香港では、釣果ゼロの報告には「カメ」の絵文字が送られてくる。なぜカメなのかは、よく分からない。もともとの表現は「打龜(だーぐわい)」で、マージャンなどの賭博で負けたときにも使われる。広東語の「打」は日本語と同様、マージャンを打つときの動詞だ(球技をするときの動詞でもある)けれど、この表現自体は台湾から香港に入ってきたらしく、もともとは、王様にカメを献上していた風習と関係があるとかないとか。けれど「カメを打つ」という言葉からわたしが連想するのは、マリオカートで投げ合うあのカメの甲羅を、野球バットで打っているような、どちらかというと爽快なイメージだ。だから、釣れなかったときは「きょうはボウズだった」ではなく、「きょうはカメの日だった」と言うようにしている。

 今年の6月で釣りをはじめて2年がたつけれど、わたしの釣りの日は、ほぼいつもカメの日だ。さいしょは釣り絵日記にカメのイラストを描いていたけれど、あまりにも回数が多いので、面倒になってスタンプを調達した。魚拓ならぬ、カメさんスタンプである。

 それにしても、なんでわたしは、こんなにも魚を釣りあげることができないのだろう。いちど、家の近所の埠頭で釣りをしていたら、3メートルほどの竹竿でひょいひょい魚を釣り上げている女性がいた。あまりにも釣れるので、横にいって見ていたら、「あなたも釣れた?」と会話が始まり、わたしがカメの日になりそうなことを知った彼女は、竹竿を差し出して「やってみていいよ」と言ってくれた。油鱲(やおら、和名ヒイラギ)が泳いでいるのが見える。だけどわたしのエサは食わない。10分くらい試したところで、女性はため息をついて半ば怒ったように「なんで釣れないんだろうね」とつぶやき、わたしの手から竹竿を取り戻した。そういうことが、何度もあった。なぜか、釣れないのだ。知識も経験も技術も圧倒的にないのは分かっているのだけれど、たぶん、運もかなり悪いのだと思う。

 だけどたまに魚がついてくるときがある。なぜか、釣れるときがある。これがさらに不思議だ。魚釣りに来て、魚が釣れて不思議がっているというのもおかしな話だけれど、釣れた魚に「どうして君はこれを食べようと思ったの」と思わず問いかけてしまう。どうして釣れたのかまったく分からないので、次回に活かせない。再現性はゼロだ。「不思議の勝ちあり、不思議の負けなし」と剣道の先生がよく言っていたけれど、わたしの釣りは、「釣れても釣れなくても、不思議しかない」のだ。それで、釣れている人から勉強しようと思い、YOUTUBEやインスタグラムなどのSNSで釣り師、釣りインフルエンサー、アンバサダーと呼ばれる人たちのコンテンツを見まくった時期があった。

 大きな獲物を知恵と力で釣り上げ、派手なポーズをとっている釣り師たちの姿に、憧れと敬意を抱く。けれど同時に、その姿に傲慢さというか、嫌悪感のような、暗いものを感じたりもした。わたしの抱える矛盾なのだけれど、釣りをやっているのに偽善的だと自分でも思うのだけれど、わたしは釣りや狩りを純粋な「スポーツ」だとは思えない。釣りという行為は、生き物を殺す、傷つけることを、ぜったいに避けられない活動なので、どういう位置づけにすればいいのか迷いがある。食べるために殺す、遊ぶために殺す。結果は同じで、魚にとってみればどっちだって同じなのかもしれないけれど、やっぱり釣れた魚を見たり、自分で魚を釣るたびに、罪悪感というか、ごめんなさい/ありがとうという気持ちがわいてくる。

 それにしても、日本のSNSの釣りコミュニティはとてもキラキラしている。というか、アルゴリズムによって選ばれるコンテンツが、パッケージ化された「釣り」のプレゼンテーションであることが多いのだ。釣り具企業がスポンサーとしてついている釣り師やインフルエンサーが作り手で、多く拡散されるからだと思うのだが、釣りをする人の恰好や道具が、こう、すごくお金がかかっていて、ばっちり、かっこいい。そのぶん、外側から固めたくなるというか、購買意欲を掻き立てられる。わたしも例にもれず、しっかりインフルエンス(影響)され、使い方が分からないルアーや、自分の釣り竿にぜったいにあっていないオモリ、仕掛けなどだけがどんどん増えていった。

 いっぽうで、香港の釣りアカウントは、ほとんどが釣りボートの上に乱雑に置かれた魚や、Tシャツと短パン姿で魚とサムズアップをしているセルフィーとか、そういう感じだ。ちらほら、ギア名を明かしている人もいるけれど、中国のすごく安い通販アプリ「淘寶(たおばお)」とか「拼多多(ぴんどぅどぅ)」で入手できる安価な道具を使用している人が多い。きっちりとした日本風の釣りスタイルで釣り場に行くと、かなり浮くので、わたしもだんだんと香港スタイルに感化されていった。船釣りの場合は様子が違うのかもしれないけれど、埠頭や岸からはそんな印象だ。カメの日を重ねて、いろいろ試行錯誤を繰り返すうちに、やっぱり香港での釣りは、香港の海で釣りをしている人たちに学ぶのがいちばんいいのではないかという当たり前のことに気づき、スクリーンとはいったんさよならすることにした。

 そんなこんなで、ブライアンに2回目の釣りセッションをお願いした。出会いの日からちょうど1週間後、同じ時間、同じ埠頭で会った。一度目のときよりは風が弱かったけど、気温が低く、釣り人たちはみんな苦い表情を浮かべていた。あの放生おばさんも来ており、今回も変わらずカニいっぱいのバケツを抱えていた。カニに紛れてヒトデも入っていた。広東語でヒトデは、海の星(海星/ほいしん)。英語では星の魚(Starfish)。日本では人の手。江戸時代までは紅葉貝と呼ばれたらしい。海の底へひらひら落ちていく。

 ブライアンを待たずにわたしは釣り道具を広げて、前回習った通りの仕掛けをつくった。わたしはふだん、南極鰕(和名:オキアミ)をエサにするけど、彼はモンスターフィッシュを狙うので、大きめのエビや魚の切り身を使う。習ったやり方で、オモリ40グラムをラインにつけ、その15センチほど下の位置にハリを結び、朝いちで市場で調達してきた大きめのエビをつけた。そして、できるだけ遠くにキャスティングしてラインをはってから竿を埠頭の手すりに立てかけた。西貢の埠頭は小舟の往来が多く、気をつけていないと竿ごと船に持っていかれる。なので、竿を持っていないときも気が抜けない。とくに清掃のための緑色の船は要注意で、船のデッキに大きな麦わら帽子をかぶり、長い木の棒を持って立つ清掃員が、海面に浮いているものすべてすくって持っていくらしい。ゴミであろうが、釣り糸であろうがお構いなしといううわさだ。「やつらはクレイジーなんだよ」と数名の釣り人が話し合っていた。

 釣りを始めると、時間がたつのを忘れて、「来てるなら教えなさいよ」とブライアンに声をかけられたときにはすでに1時間が経過していた。ブライアンのうしろから、ひょいと背の高い老人が顔を出した。先週、強風だと警告してくれた人だ。私の仕掛けをちらりとみて、ふうんという顔をして、「魚いるか、いないか?」とたずねた。「いるけど、釣れない」とわたしが答えると、「慢慢釣(ゆっくり釣りな)」と笑って、放生おばさんのほうへ歩いていった。ゆっくりという意味の広東語「慢慢(まんまーん)」はわたしのお気に入りの言葉だ。のろのろしていて、ハッピーな響きがする。

 この日、ブライアンに教えてもらったのは、手釣りだった。リールや竿を使わずに、釣り糸を手で繰り出して上下に動かしながら釣る手法で、香港ではこれをやっている人がかなり多い。埠頭の床に開いた穴や、岩場などでもゆっくりとハリを落として岩魚を狙う。ブライアンによると、彼はこの方法でモンスターフィッシュをしとめたらしい。西貢の埠頭には、多くの魚売りの小舟が係留している。埠頭に続く橋の上からほしい魚を指さしで選ぶと、注文した魚入りの袋を長い棒に提げて、渡してくれる。代金もかごに入れて、船までおろして払う。ブライアンはその船に、釣り上げたモンスターフィッシュを持っていき、1万5千円で売ったそうだ。彼のいう「モンスターフィッシュ」は何かというと、香港で狙う人がかなり多い魚、石斑(せっばーん、和名:ハタ)だ。ブライアンが貸してくれた糸巻きは木製で、かなり年季が入っていた。ちょうど凧の糸巻きと似た形をしている。仕掛けはさきほどと同様に、大きめのエサとオモリを15センチほど離して結んだ。糸を繰り出したら左手で糸巻を持ち、右の人差し指にラインを休ませて、ハリを水中に落とす。「指の関節にラインを休ませるのはぜったいにダメだよ。大物がかかって引っ張られたら、指が切れる恐れがある。ぜったいに指先にのせるようにしなさい」とブライアンから注意された。

 使い込んで黒光りのする糸巻きは、指にしっくりきた。なんだか今日は釣れそうな気がする。ボラードに腰をかけ、ラインを垂らした。ときどき上下させるように言われたので、自分なりに動かしてみた。するとすぐに、ラインが引かれた。ぐーっと強く引く。だけど、ゆっくりとした引きだ。嫌な予感がした。こちらがラインを引っ張っても、びくともしない。根がかりか。ラインをゆるめて、ピンッ、ピンッとはじきながら、なんとか外そうと試みたけれど結局だめで、ラインが切れ、オモリとエサとハリを無駄にしてしまった。自分で再度仕掛けを結ぼうとするわたしから、ブライアンは糸巻きを取り上げ、素早くハリとオモリをつけた。「あんまり壁際に落としたらいけないよ」。

 それから数時間、ブライアンの指示通りに場所を変えつつ、動きをかえつつチャレンジしてみたけれど、結局釣れない。帰りのバスの時間まであと30分ほどになったとき、またラインに引きを感じた。強い力だ。もしかして、モンスターフィッシュ!!!?? 期待に胸が高鳴る。少しずつラインを引きつつ、糸を巻く。根がかりじゃない。何かがあがってくる……! 見たことのない、シルエット。なんだろう、色は赤くて、ゴツゴツしていて……くるくるして……え……くるくる? あれはどこかで……工事現場で見たことある……スパイラルフープ? らせん状の金属が赤い藻でコーティングされている。がっくりと肩を落としているわたしのとなりでブライアンが、「カニだあ」と言った。釣りあがった金属の塊をよく見てみると、らせんの間に小さなカニがいて、エサのエビを上手にハサミでつかんでいた。ああ、またカニを釣ってしまった。

 またカメの日ならぬ、カニの日になったけれど、唯一の救いは、まわりの釣り人のだれ一人としてこれといった魚を釣り上げていないことだった。みんないっしょにカメの日ならば、わたしがカニしか釣れなくても不思議はない。ブライアンは申し訳なさそうにしていたけれど、モンスターフィッシュはきっと、そんなに簡単には釣れないからモンスターフィッシュなのだ。

 釣り道具を片付けていると、前回同様、あの背の高い老人が通りかかった。「仕事終わった?」と前回同様に声をかけてくる。あいさつ程度に言葉を交わしていたら、なんと帰りのバスが同じで、けっこう近くに住んでいることが判明した。「いっしょに帰ろ」と彼が言った。なんだか唐突で、かわいらしかった。思わずうなずいてから、トイレに行きたかったことを思い出した。「トイレいきたいよ!」というわたしの訴えを聞いたのか聞かなかったのか分からないけど、おじいちゃんは、「今から南極蝦をあそこに買いに行くから、バス停でな! 知っとるか! あそこのオキアミはめっちゃ安いんだぞ!!」と言いながら早足で行ってしまった。

 そして無事にいっしょのバスにのった。実質、初対面同然の男性とバスの席に隣同士で座るのはちょっと気が引けたけど、バスはすごく混んでいたし、いっしょに座った。「魚、何匹釣れた?」とおじいちゃんが尋ねた。

「全然釣れなかった」

「ああ? 何匹?」

「ゼロ!」

「あの時間から釣ってたのに、ゼロ!」

 ああ、この流れは、君のやり方は間違っているとか言われるのだろうなとわたしは身構えた。

「エサは何を使った?」

「このくらいのエビ」

 わたしは指でエビの大きさを示してみせる。

「だからだ。今日は水温が低くて、魚は少なかった。動いていた魚は、口が小さい種類だった。そんなに大きなエサ、食うのはフグくらいだ」

 そういわれて思い出してみると、となりで手釣りをしていた男性が、フグを釣り上げて、ここには書けないような卑猥な言葉で大声でののしっていた。香港の釣り場でのフグの嫌われ方は半端ない。

 わたしはおじいちゃんの顔をじっと見つめた。この人は、不思議な釣りをしていないんだ。ちゃんと考えて、観察して、分かって魚を釣っている人だ。釣れるのには理由があり、釣れないのにも、ちゃんと理由がある。その理由を知っている人だ。わたしが女だから、とか、新手(初心者)だから、とかそんなレッテルを貼るようなまなざしを向けることなく、淡々と話す。その姿もなんだか新鮮だった。

「あなたは、何匹釣れたの?」

 彼は急に、すんとした顔になって答えた。

「10匹」

 あんなにだれも釣れていなかった釣り場で、この人は10匹も釣ったのか。

「夕飯だからな」

 とおじいちゃんは言った。

 夕飯のために魚を釣る。とてもシンプルだけど、しっくりきた。

「今度、もっといい釣り場に、連れて行ってくれる?」思い切って、たずねてみた。

 おじいちゃんは何やら、ふにゃふにゃ言った。

「電話、ある?」

 おじいちゃんがポケットから出したスマートフォンをかしてもらい、わたしの番号を打ち込んで、電話をかけた。それから番号を登録し、わたしの名前と番号の電話帳を画面に出してみせ、

「いっしょに釣り行けるとき、電話して」

 と言った。それから、わたしの電話帳にも彼の番号と名前を登録した。

「花おじいちゃん」

 電話は翌週、かかってきた。

「明日、釣り、行くか、行かないか」

 こうして花おじいちゃんとわたしの、夕飯を釣る活動がはじまった。

 おじいちゃんの助けがあれば、カメはカメでも、カメの歩みで、上手になれるような気がした。

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吉田育未(よしだいくみ)

佐賀出身。大学で米国留学をしてから10年ほどを北米で過ごし、現在は香港在住。広東語を学ぶ目的ではじめた釣りを通して、様々な魚や人たちと出会う。時間をかけたいものは、読書、散歩、そして釣り。教師や翻訳家として働く時間も大切。

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翻訳担当書籍

エマ・ドナヒュー『星のせいにして』(河出書房新社)

エマ・ドナヒュー『聖なる証』(オークラ出版)

アリス・シャートル/ジル・マケルマリー『リトルブルー』シリーズ(出版ワークス)

ニナ・ラクール『イエルバブエナ』(オークラ出版)

デーリン・ニグリオファ『喉に棲むあるひとりの幽霊』(作品社)

ユキミ・オガワ『お化け屋敷へ、ようこそ』(左右社)

アンジェライン・ブーリー『真実に捧げる祈り』(早川書房)

トーリ・ピーターズ『ディトランジション、ベイビー』(河出書房新社)

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